母との毎年恒例の”お寺参り”を通じて

昨日、毎年恒例のお寺参りに、私の母親と2人で行ってきました。

今回の記事は、結婚披露宴とは全く関係ありません。
私の年中行事のことですので、準備に忙しい方はTOPページの「カテゴリー」から探しなおしてくださいませ。
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”お寺参り”といっても、世間一般的に言えば、「お墓参り」ですね。
私の菩提寺は、京都市東山区にあります、浄土真宗の宗祖親鸞の墓所、大谷本廟(おおたにほんびょう)です。
「お墓」は無く,お寺に納骨し,永代供養していただいています。

参拝コースとして・・・

まず、大谷本廟で先祖のために拝みます。
そして、同じ大谷本廟内にある「戦没者慰霊塔」の前で、海南島沖で戦死した母のお兄さんのために手を合わせます。
最後に、場所を京都市上京区に移動し、「お千度参り」で有名な釘抜地蔵さん(石像寺)を参って終わり。

毎年、母と私達家族といっしょにお参りに行きます。

が、今年は8月中は仕事が忙しくお参りできずにいました。
ですので盆がとっくに終わって涼しくなってきた今頃に・・・行くこととなりました。
子供達も学校が始まっていますので,結局母と私二人っきりのお参りです。

母親と私(釘抜き地蔵さんにて)


何とか今年も親孝行ができました。
・・・充実した一日でした(笑)。

実家から車で約2時間ほどの距離。
車を運転しながら,ずーっと横でうれしそうに話をしている母がいます。

親父は趣味がバイオリンで,家にいるときはタバコふかしながらバイオリンの練習ばかりしています。
なので,話相手に飢えている母は,「ここぞとばかり」しゃべくり倒しです(笑)。

昨年の12月内臓疾患で手術をした母ですが,すっかり元気になり,内心ほっとしております(笑)。

「あんまり気張ってしゃべってると,お腹の傷口から腸とびだしてくんぞ~」

こんな冗談も「お構いなし」のおしゃべりの機関銃・・・
もう,受け止めるしかありません(笑)。
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毎年,この時期に母から聞く話があります。
母のお兄さん(生きていてくれたら私の伯父さんですね)の戦死の話です。

柔道で鍛えた体,講道館3段の腕前だったそうです。
徴兵検査は当然のごとく”甲種合格”。
親孝行な方で,母の父親も自慢の息子だったようです。

激戦地スマトラ島で高射機関砲隊長として活躍していた母の兄は,敵機を撃墜させる戦果を挙げたことで,日本へ帰還が許されたそうです。

輸送船鳳南丸に乗り込み、船団を組んでの帰還中,アメリカ敵機に見つかり爆撃を受け・・・
すさまじい火柱とともに,母の兄は船共々沈んでいったそうです。

昭和20年3月28日、仏印沖でした。

もちろん,私は伯父さんにはお目にかかったことはありません。
いつも,軍服姿で銃剣を両手で前に握りしめ,胸を張って立っているセピア色の写真の人が・・・
私の中の伯父さんです。

しかし,同じ下りで必ず涙ぐむ母もそうですし,
私自身もそうですが・・・

「生きていて欲しかった・・・」

と,話を聞くたびに実感してきます。

「兄ちゃんが守ってくれているっていつも思うんや」

働きづくめで,くたくたになって,私たちを支えてくれた母の口癖です。
その母も昨年手術をしましたが,元気な姿で居てくれているのは,やはり母が自分で言うように,
戦死した伯父さんが支えてくれているんだと思います。

その母のお兄さんが,戦地に赴く時,釘抜き地蔵さんで「お百度」を何度も何度も踏まれたそうです。
残される両親姉妹の無事を祈って,お参りされたんだと思います。

おそらく・・・自分が生きて祖国の地を踏むことは無いと,自覚されていたのではないでしょうか。

その釘抜き地蔵さんに,毎年お参りに行きます。
ゆっくりと,母と一体一体地蔵さんと会話するように拝んでいきます。

戦死した伯父さんはもちろん,母の両親の安らかなることを・・・
そして,自分の家族,それに私の両親の幸せを祈って,手を合わせました。

最後に,お守り売り場のおばちゃんに写真を撮ってもらいました。
お恥ずかしながら,私と母のツーショットです(笑)。

「あと,何回母と京都へのお参りに来れるだろうか・・・」

今年76歳になる母。
今月の23日が誕生日なので,子供達をつれて母の好きな”おはぎ”を持って会いに行こうと思ってます。
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帰りの車中で,母がこんな話をしてくれました。

先日,母のお兄さんの遺族年金の更新手続きをしに地元の市役所に行った時のことです。
窓口の若い女性に,主旨を説明すると・・・

「イゾク年金???」

なんと,意味が伝わらなかったそうです。
”遺族年金”の意味がわからないんです・・・
というか,年金の種類に”遺族年金”というものがあるということを,知らない・・・

毎年処理をしてくれていた担当の方も退職されたらしく,若い女の子が対応したらしいのですが,
どうもピンとこない。

「戦争で亡くなった私の兄の遺族年金の更新手続きなんですけど!」

思わず声を荒げて言ってしまったようです。

(あなた方が今こうして何不自由なく仕事ができる環境は,兄のような命の犠牲の上に成り立っているんですよ!)
叫びそうになったと言ってました。

戦争の爪痕が急速に忘れ去られようとしている今・・・
それは,自分の身近に「戦争の犠牲者」を持たない人達の増加と,歩調を合わせてやって来ているように感じます。

毎年恒例の夏のお寺参りで,「母から戦争の話を聞く体験」を大切に,
また,戦争体験者である母自身を大切にしていきたいと思います。

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結婚披露宴で音響演出を担当させていただいております,仲居 一平と言います。 音響担当の立場から,「本番の結婚披露宴」を見させていただいて, 心に残る演出やスピーチ,思わずうなってしまう”妙な”選曲などを,できるだけ臨場感を持ってお伝えしていきたいと考えています。お忙しいカップルさんの結婚準備に少しでもお役にたてれば幸いです♪
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母との毎年恒例の”お寺参り”を通じて への2件のフィードバック

  1. ぐっち のコメント:

    こんばんわ。
    すごく考えさせられる内容でした。
    決してHAPPYな内容では無いけれど『結婚』という一つの節目を迎えるにあたって、今こうして大事な人と暮らしていける礎には、あの戦争で命を落とされた方々の力があったからなのだと感じました。
    やはりお母様の様な実際に戦争を体験された方の言葉には説得力がと重みがありますね。

    仲居さんとお母様の写真。
    素晴らしい写真ですね☆
    仲居さんがお母様の肩をそっと抱いてらっしゃるのがさりげなく男前ですw
    私には到底できません(笑)

    ちなみに大谷さんから私の実家が結構近いです。
    特別何という事でもありませんが、勝手に縁を感じました。

    昨日はお母様の誕生日ですよね?
    しっかり会いに行かれたのでしょうね。

    それではまた。

  2. 仲居 一平 のコメント:

    ぐっちさん,コメント有り難うございます。

    そうですか,ぐっちさんのご実家は京都なんですね。
    縁ですね・・・

    私もすごく縁を感じます。

    母と一日中一緒にいる機会があまりありませんので,1年に一度京都へのお参りが,貴重な時間となっています。

    私には3歳年上の姉がいるのですが,私たち二人の成長だけを楽しみに働いてきたような母なので,何か喜ぶことをしてあげたいというのが実感です。

    昨日は,おはぎと今回の記事でアップした写真を持ってしっかり会いに行ってきましたよ(笑)。

    二人並んだ写真をみて,

    「あんた,年取ったな~」

    だって(笑)。

    「おかんに言われたら世話ないわ^^;」

    思わず笑ってしまいました。

    母親の頭の中は,いつまで経っても子供の私しかいないのでしょうね。

    ・・・あともう少しで,楽しい結婚披露宴ですね。
    ちょっと心配な気持ちの中にも,待ち遠しい気分があれば,良いのかもしれませんね。

    準備はきっちりして,あとは思いっきり楽しんでくださいね。
    準備を楽しむ気分が一番良いのかもしれませんが・・・

    なかなか難しいでしょうか(笑)。

    また何かお手伝いできることがあれば,お気軽にお申し付けください。

    ではまた♪

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